いくらというものは、とても不思議な力を持っている食品だと思います。それは、その食感や、おいしさはもちろんなのですが、いくらが食卓にあるというだけで、とてもその日の食事というものが、豪華になってくれているような気がするからです。例えば、いくら丼なら、そのいくらの量は多ければ多いほどいいとは思うのですが、たとえ少しだけだったとしても、その時の食事のテンションというのは、普段よりはすこしは上がります。いくら丼ではない料理だとしても、それは楽しめます。
少ないいくらをいろどりに使うだけでも、その赤い色はどこかかわいく、そのいくらで飾られた料理は、とてもいいアクセントをその上に残し、一種のお祝いムードをかもし出していると思います。ちらし寿司の上に紅ショウガがちらされているのと、少ない量でもいくらがちらされているのとでは、紅ショウガは普段用、いくらだと、どこかお祝い用みたいな雰囲気に分けられると思います。いくらはとても便利なゴージャスアクセントのような気がします。そこにあるだけで食べ物が豪華に見えるというのは、一種の金粉的効果を発揮しているのだろうと思います。
家族や親戚を集めて、手軽な身内パーティをする時などに、作られた料理の上にちょっといくらをのせれば、誰か必ず「豪華ね」という言葉を発してきます。いくらを楽しむとき、豪快にどんぶりにするのもいいですが、こうしたアクセントに使うのも楽しいものですよね。